「支援の終わり方」を考える
10月16日に、第86回となる相談支援の勉強会「チキンの会」を開催しました。
今回の講師は、相談支援に携わって約10年になる計画相談支援室ノーマの管理者 松田さんでした。テーマは「支援の終わり方」という深い内容であり、グループワークを交えながら、参加者それぞれが自分の実践を振り返る時間になりました。
「始め方は何度も教わるが、終わり方は誰も教えてくれない」
冒頭、松田さんはこう話しました。初任者研修や現任研修では、アセスメントの取り方や計画の立て方、モニタリングの進め方は繰り返し学びます。一方で、担当を降りるときの伝え方や、引き継ぎで何を渡すべきかを教わる機会はほとんどありません。
結果として、多くの相談支援専門員が自己流で終わりを迎えているのではないか、という問題提起でした。
講義の最初に、松田さんは「自分が担当を外れたケースの中で、一番心に残っているものを1つ思い浮かべてください」と呼びかけました。私も1人の方の顔を思い浮かべながら話を聴きました。研修の内容を自分のケースに引き寄せて考えられる、良い導入だったと感じています。
終わりには「4つの顔」がある
松田さんは、支援の終わりを次の4つに分類しました。
① 計画された終わり
18歳到達による児者の移行や、65歳での介護保険への移行です。地域移行支援が終わって計画相談へつなぐ場面もここに入ります。② 突然の終わり
入院、死亡、転居のほか、担当者の異動や事業所の廃止なども含まれます。③ 終わったことにする終わり
契約は残り、受給者証も発行されているのに、サービスは使っていない状態です。例として、通所サービスが終わって短期入所だけが残り、利用実績がないまま毎年の更新だけを繰り返しているケースが挙げられました。④ 終われない終わり
単身で身寄りが少なく、相談支援専門員に依存している状態です。終結の判断ができず、担当の交代もできなくなります。種類ごとに起きやすい問題も違います。計画された終わりでは、渡した側は移管したつもりでも、受け取った側に文脈や意図が伝わらないことがあります。突然の終わりでは、準備期間がなく事業所が困ります。
松田さんは、相談支援専門員が特に葛藤するのは③と④だと話していました。1人事業所であれば、その葛藤を1人で抱えることになります。私自身も、思い当たるケースがいくつもありました。
「本人の記憶に残るのは、最後に会った日」
今回、私の心に最も残った言葉です。
契約終了日を伝え、モニタリング報告書を出し、市町村に契約終了を届け出れば、手続きは終わります。しかし本人や家族が実感する「終わり」は、相談支援専門員と最後に会った日の表情や、そのときにかけられた言葉なのだそうです。
何年関わってきても、最後が雑であれば「雑な相談支援専門員だった」という記憶しか残りません。制度上の終結と関係性の終結は、必ずしも一致しない。その指摘に、身の引き締まる思いがしました。
伝えた言葉と、本当の理由は一致していたか
終結の理由は、本人の状態だけとは限りません。松田さんは、事業所側にも次のような理由があり得ると率直に話していました。
- ケースを抱えすぎて回らない
- 報酬にならない業務が増えている
- 家族対応で担当者が消耗している
- 新人に比較的落ち着いたケースを回したい
問題は、こうした事業所都合を「ご本人の自立が進んだので」と言い換えて伝えてしまうことです。「もう大丈夫だと思うので」と言われた本人や家族は、「困っても相談してはいけない」と受け取ってしまうかもしれません。
だからこそ、次の3つが大切だと話していました。
- 事業所都合があるなら、その前提を誠実に言葉にする
- 次の相談先を、機関名・連絡先・担当者名まで具体的に伝え、できれば顔合わせをする
- 「困ったらまた戻ってきていい」と伝える
松田さんが自身の過去を振り返り、「違う理屈をつけて終わらせ、後から自分の信念と違うことをしている自分に囚われた」と語った場面も印象的でした。
引き継ぎに必要なのは、書類に書けない情報
移管の際は、サービス等利用計画、受給者証の写し、アセスメント、直近のモニタリング報告書などを渡します。しかし、受け取った側が本当に知りたいことは、そこにはあまり書かれていません。
松田さんが挙げた「本当に必要な情報」は次のようなものです。
- 何を言われるとパニックになるか(いわゆる「地雷」)
- 家族の力関係と、決定権を持っているのは誰か
- 過去にどの事業所と、どんな内容でこじれたか
- これまで試してみて難しかった支援
- 連絡の取りやすい時間帯や、口頭でのやりとりが可能か
- お金や食事など、生活の実態
- 本人が大切にしている価値観やこだわり
松田さん自身、引き継ぎで情報がなく、この「地雷」を踏んでしまった経験があるそうです。最初は穏やかだった方が攻撃的になり、契約解除に至ったとのことでした。「前の相談支援専門員にも同じことを言われたのに、また同じことをされた」という本人の思いは、とても重いものです。失敗から学んだ実感のこもった話でした。
同席しての引き継ぎと、告知の順番
本人と一緒に次の担当者に会い、「次はこの人に代わります」と伝える同席での引き継ぎについても話題になりました。参加者からは、1時間半かけて同席し、基本情報に書けない内容を口頭で伝えて納得してもらった、という実践も共有されました。
松田さんは「知らない人がやってきて、松田さんが消えてしまった」と本人に思われても仕方がなかった、と振り返っていました。丁寧にやりたいと思いながらも、予定が埋まる中で時間を確保する難しさも、正直に語られていました。
告知の順番については、まず契約者である本人に伝えることが大切だという話がありました。家族から先に伝わると、本人は「自分は大事にされていない」「話の中心は家族なのか」と感じるかもしれません。本人と契約しているという意識を持つことで、家族への話し方も変わってくるのだと思います。
「明日、自分が出勤できなくなったら?」
この問いには、私ながらにドキッとさせられました。直接支援の現場なら、複数の職員が利用者を見ているので、誰かが休んでも支援は止まりません。しかし計画相談は1人で数十人から100人近くを担当するため、どうしても属人的になりがちです。
1人事業所や少人数の事業所が抱える構造的な課題として、会場でも共感の声が多く上がっていました。
グループワーク「最悪の引き継ぎ」
ここで約10分間、「最悪の引き継ぎ」をテーマにグループワークを行いました。引き継いだ側・渡した側の両方から、さまざまな経験が出てきました。
- 情報がほとんどないまま、知的障害のある単身の方を引き継いだケース
- 本人の生活が崩れてから2か月経っても、必要な情報が届かなかったケース
- 事業所都合の突然の交代で、本人が混乱したケース
どのグループも話が尽きない様子でした。「移管」という言葉自体についても話題になりました。かつては組織で受け止めるのが当たり前で、そうした言葉が必要になるほど事業所の変更が増えているのではないか、という指摘です。言葉の背景にある変化を考えさせられました。
支援者側の「終わり」もある
講義の後半では、支援者自身の感情の整理についても取り上げられました。
松田さんは、長く関わったグループホームの利用者が亡くなったと聞いた経験を話してくれました。家族ではないため、お通夜に呼ばれることもありません。それでも、一緒に過ごした時間や交わした言葉を何度も思い出してしまう。その気持ちを整理できないまま、午後にも翌日にも次の業務が入っている。当時はそれが当たり前だと思っていたそうです。
そうした感情を解消できないまま働き続けることは、バーンアウトの原因にもなり得ます。
「成功した時ほど寂しい」という言葉もありました。就労してサービスを使わなくなるのは喜ばしいことなのに、長く関わった分だけ寂しさが残ります。1人で働いていると、その感覚を分かち合える相手もいません。
「事業所に、終結したケースや感情を振り返る場はありますか」という問いかけは、管理者の立場として重く受け止めました。
終わりから逆算する支援
「終わり方の原因は、始め方にもある」という指摘も新鮮でした。
契約時には、重要事項や個人情報の取り扱いを説明します。しかし「何が達成されたら、私たちとの契約は終わるのか」を伝えることは、案外少ないのではないでしょうか。途中になって「いつか終わるんですよ」と言うと、「最初に聞いていない」とこじれやすくなります。
また、計画相談が抱える構造的な矛盾にも触れられました。支援の目標は、本人が計画相談を必要としなくなることです。一方、事業所の経営としては担当件数が減れば収入も減ります。本当に必要かを考えないまま更新を続けることに、違和感が麻痺してしまっていないか。自分たちに問い直す必要がありそうです。
最後に、冒頭で思い浮かべたケースについて「今の自分なら、その場面で何を変えますか」と考える時間が設けられました。
ソーシャルワーカーとしての「降り方」
松田さんは、相談支援専門員の役割はまだ関係機関に十分知られていないと話しました。「ヘルパーやグループホームを探してくれる人」と思われていることも少なくありません。だからこそ、一人ひとりの立ち振る舞いが「相談支援専門員とはこういう人たちだ」という印象をつくっていきます。
支援の途中で関わる機関は限られますが、終わりの場面は関係者全員が同時に見ています。その終わり方が、地域連携の土台を1段積み上げるのか、崩すのかを左右する。この視点には大きくうなずきました。
理想的な終わり方として、次の「5つのチェック」が示されました。
- 本人の意図を、本人の言葉で関係機関に伝わるように伝える
- 評価ではなく、事実と根拠を伝える
- 自分の役割の範囲を自分で線引きして降りる(次の専門職の役割を奪わない)
- 本人の意思を、次の担い手(ケアマネジャーや次の相談支援専門員)に確実に渡す
- 終わった後も、関係機関に報告しておく
支援の質とは、問い続けること
国の議論でも、基幹相談支援センターの体制整備やモニタリング頻度の見直しなど、相談支援の「質」が問われる時代になっています。
松田さんは、支援の質とは「内省し続けること」ではないかと語りました。古いと言われても、もっと簡単なやり方があると思われても、「ここだけは負けたくない」という言葉には熱がこもっていました。
締めくくりの言葉は、次のとおりです。
支援の終わりは、私たちの仕事の終わりではありません。
契約したときよりも良い生活・良い状態で終わること。そして相談支援専門員がいなくなっても、家族や近所の人、友人など、困ったときに相談できる人がいる状態で地域に戻っていくこと。それこそが終わりの評価になるのではないか、というメッセージでした。
主催者のコメントから
講義後には、こんな話もありました。中学で部活を始めて放課後等デイサービスをやめた子が、18歳前後で必ずと言っていいほど戻ってくる。間が空く時期に、お母さんから「この期間は誰にも相談できないんですか」と聞かれることがある。
就労継続支援B型には定年がなく、75歳を超えて通う方もいます。続けたいから続けているのではなく、「終わり方を知らないから続けている」可能性もあるのではないか、という問いかけでした。
ある利用者さんには、元気なうちから「歩けなくなって誰かの手助けが必要になったら、介護保険サービスに移し、ケアマネジャーさんにバトンタッチするからね」と伝え続けているそうです。
「契約時に、相談支援専門員は変えることもできると伝えることも、ある種の終わりの支援ではないか」というコメントも、今日のテーマを児童・就労の分野にまで広げてくれるものでした。
情報提供:春日市の標準支給量の変更について
最後に、春日市の会議に参加した報告がありました。放課後等デイサービスと児童発達支援について、手帳を持っておらず支援学校にも通っていない子どもの標準支給量が、来年4月から月10日に設定されるそうです(これまでは23日)。
10日を超えて必要な場合は、保護者の就労証明や医師の診断書などをそろえたうえで、計画相談のアセスメントに基づく意見書を提出し、個別に検討されるとのことでした。必ず23日が認められるわけではありません。
背景には、国からの適正化の要請があるそうです。利用が全国平均を著しく上回る自治体には国の負担が満額出ず、自治体の予算を圧迫しているという説明でした。「これだけ事業所が増えているのに、重度の子を受け入れてくれる事業所は少ない」という市の言葉は、私たち支援者にとっても重く響くものです。
今後は計画相談として、保護者に「申請すれば今まで通り出ますよ」と安易に言えなくなります。周辺自治体の動向も含め、注意して見ていく必要があります。
あわせて、B型へのスコア制導入の動きや、児童分野の職員研修必須化の動きについても共有されました。
また、平成14年の「障害者ケアガイドライン」にはすでにケアマネジメントの「終結」が位置づけられていることも紹介されました。措置時代には、65歳になった方に役所からFAX1枚で「サービスは使えません」と終わったケースもあったそうです。準備をして引き継げる今の仕組みのありがたさと、その裏にある支援者の葛藤の両方を感じました。
おわりに
「終わり方」は、支援の最後にだけ考えればよいものではありません。契約の最初から、日々の関わりの中で準備していくものなのだと気づかされた研修でした。
私自身、これまで担当を外れた方々の顔を思い浮かべながら、あのときの最後の言葉はどうだったかと振り返っています。松田さん、そしてご参加いただいた皆さま、ありがとうございました。
今後の予定
- 次回の勉強会:11月20日(金)障害福祉サービス分野「原点回帰の会」
- SVの筋トレ部:11月27日
- 次回のチキンの会:1月15日(新年会を兼ねて開催予定。会場は改めてご案内します)
- 2月からは新年度の会員募集を始めます
皆さまのご参加をお待ちしています。





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