今回のテーマは「相談支援の壁を乗り越える」
今回のチキンの会は、ノーマの管理者になったばかりの松田さんが担当しました。テーマは「相談支援の壁を乗り越える」という、何とも壮大なタイトルでした。
相談支援専門員になるということ——見えない「実務」
松田さんの話は、まず初任者研修の限界という率直な問いかけから始まりました。
「初任者研修を受けて相談支援専門員になるんですが、実際の実務的なところは初任者研修ではなかなかわからないですよね」
この言葉は、実際に相談支援専門員としてはたらくみなさんにとって、共通の想いだったのではないでしょうか?
契約書の準備の仕方、重要事項説明書までの流れ、実際のケースの進め方……。研修では概念は学べても、「現場でどう動くか」は誰かに教えてもらうほかない。松田さん自身も、当時の地区には今の4分の1ほどの相談支援事業所しかなく、知り合いのつてを頼りながら実務を学んだというエピソードは、当時の孤独な船出を感じさせるものでした。
3つの壁——制度・関係性・思考
松田さんはここから、相談支援専門員が直面する3つの壁を提示されました。
①制度の壁
計画相談という業務そのものを理解する難しさ。他サービスの内容や役割を知らなければ、ご利用者さんに適切な情報を届けることができない。間違った情報は、「無駄な時間を過ごさせてしまう」。この言葉はとても重く受け取りました。
②関係性の壁
振り回されること——利用者さんや家族から、あるいは福祉サービスの重要事項説明を含む場面から。サービスの内容と役割を理解しておくことが、この壁を乗り越える鍵になると話されていました。
③思考の壁
「本当に自分がやっていることが利用者さんのためになっているのか、すぐには結果が見えない」
この「モヤモヤ感」は、長年この仕事を続けていても消えないものかもしれません。むしろ、それを感じ続けていることが、丁寧な支援の証でもあるような気がしました。
「正解は、利用者さんの中にある」——直接支援者としての癖
松田さんが語った中で、最も印象的だったのが、直接支援者から相談支援専門員に転身したときの葛藤でした。
「正解をすぐに出そうとしてしまう。自分がやった方が早いよね、こういう支援をした方がうまくいくに決まってるやんって、頭の中にすぐ出てくるんですよ」
これは、直接支援の経験が長いほど強く残る「癖」だと感じました。問題をどう解決するか、どう改善するか——その思考が体に染みついているからこそ、相談支援の場で「待つ」ことが難しくなる。
しかし松田さんは、ノーマに初めて訪問同行した際に気づいたと話してくれました。「余計なことを言わない。質問されたときだけ答える」——その姿勢を見て、自分に足りないものはここだと感じたと。
「正解は、今思うと、利用者さんやご家族の中にある。それを相談支援専門員として関わりながら導き出すことが役割なのかな」
ネガティブケイパビリティという言葉も登場しました。答えのないものに耐える力。「待つ支援」を大切にすること。これは、9年目になった今でも「癖に悩まされる」と正直に語ってくれた松田さんだからこそ、深く届く言葉でした。
書類の山と「事務さん」という存在
実務の話として、1人事業所だった頃の苦しさも語られました。
「利用者が増えるたびに書類の山が積み上がっていく。ファイリングも、郵便物の処理も、全部自分でやらなきゃいけなかった」
利用者さんと向き合いたいのに、事務作業に追われる現実。この「生産性の部分」と「相談支援専門員にしかできない業務」のバランスをどう取るかは、多くの参加者が共感したテーマではないでしょうか。
現在のノーマでは、優秀な事務さんが「ノーマの心臓部」として機能しており、「自分たちよりも利用者のことを把握しているかもしれない」とさらっと笑いながら話す松田さんの言葉に、チームで支えることの大切さを改めて感じました。
AIを導入していても、帰りを待ってくれている事務員の存在は、相談支援専門員の精神的な支えにもなっているのです。
権利擁護という「勇気」——行政との交渉の実例
最も胸に刻まれたのが、松田さんが相談支援専門員として初めて担当した、重度知的障害のある20代女性のエピソードでした。
お母さんが亡くなり、同性介護ができなくなった状況の中で、皮膚疾患のある彼女に毎日入浴介助が必要だった。しかし行政の窓口からは、「週3日しか身体介護は認められません」との回答。
松田さんは丁寧に、しかし粘り強く交渉を重ねました。「この暑い夏場に週3回しかお風呂に入れないんでしょうか」「毎日清潔を保たないと皮膚疾患が悪化する状況なのに」——その訴えが、最終的には福祉課長まで動かし、医師の意見書を経て、毎日の入浴が特例として認められました。
「自分が代弁しないと、この生活が維持できないだろうなと思った」
福祉の窓口で交渉するのは、勇気がいること。上司が一緒についてきてくれるわけでもない場合がほとんど。しかしこの経験が、「権利擁護のための交渉力」を自分の中に育てたと松田さんは語りました。
境界線(バウンダリー)を引くことは、「冷たさ」ではない
支援者自身のセルフケアとして、境界線の引き方も取り上げられました。
「1回飛び越えると、やり続けなきゃいけなくなる」
利用者さんのためを思うからこそ、境界線を越えてしまう。しかしそれは、本来ご本人ができることを奪うことにもなりかねない。境界線を引くことを「冷たい」と思われがちだと松田さんは言いましたが、それは自分の業務・体調・精神的な状況を守るためでもあるというメッセージは、相談支援専門員が何よりも大切にしなければならないことは、自分自身を守りながら、相談支援を継続し続けることの大切さを教えてもらった気がします。
失敗を成長の糧に——「命に関わる仕事」の重さ
「失敗する方が多いんじゃないかと思います。本当に何回も向いてないなと思ったりしました」
松田さんは、チームとの関係がうまくいかなかった経験、そして命を落とした利用者さんのことも、包み隠さず話してくれました。
「人の人生に関わる仕事だからこそ、真剣に毎回考えて行動する。でも、すべてがうまくいくように繋がらないこともある」
失敗を失敗で終わりにしないこと。なぜそうなったかを振り返ること。そして、1人で抱え込まないこと。これが松田さんが経験から得た最も大切な教訓でした。
グループワーク——「今の自分の葛藤」を言葉にする
後半は、相談支援専門員として経験しうる葛藤30項目のリストをもとに、グループワークが行われました。
「要領よくこなす人が羨ましい反面、自分は自分のやり方で積み重ねていく」「バーンアウトを経験して人数を減らしたことで、逆に支援の質を見直せた」「視点によってレッテルを貼って見てしまっていることに気づいた」——それぞれのグループから、生々しくも温かい言葉が共有されました。
「バーンアウトすることは、決してネガティブなことではない。自分の限界を知るということ」
この言葉が会場全体のトーンをひとつにまとめてくれたような気がしました。
まとめ——「あなたは1人ではありません」
松田さんは最後にこう締めくくりました。
「結局何が言いたいのかというと、あなたは1人ではありません」
制度の壁も、関係性の壁も、思考の壁も、1人で解決できることはほとんどない。だからこそ、こうした場で語り合い、悩みを共有し、「どう乗り越えたか」をお土産として持ち帰ることができる。
チキンの会が3か月ごとに続いている理由が、この会に来るたびに実感できます。誰かが正解を教えてくれる場ではなく、「正解を一緒に探す仲間」と出会える場——それがこの研修の本質なのかもしれません。
松田さん、参加者のみなさん、ありがとうございました。
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